放浪記
20年以上の世界放浪を綴った自伝的連載。各地での出会いと別れ、日々の断片を残しています。
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モロッコで21世紀を迎える話9(放浪記352)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) 手に入れたハシシの塊は美しく、芳しい香りを放っていた。 興味のない人にとってはただのドラッグだが、大麻好きにとっては大麻草の花粉は魔法の粉で、それを固めたハシシはマジック・ポーションのような物だった。 僕たちは早速宿へと戻り、僕がインドから持っ

モロッコで21世紀を迎える話8(放浪記351)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) 値段を聞くと、200グラムの塊が約32000円だという。 用意していた金額ともほぼ合うし、1グラムあたり160円とは予想以上に安い。 ロンドンにいたときは、1グラムあたり1500円ほど払っていたし、日本だと8000円とかするらしいから、1グラム

モロッコで21世紀を迎える話7(放浪記350)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) 翌日、街に行って30000円分ほどの現金をATMから引き下ろし、ホテル内に隠した上で、手ぶらでウエイターに会いに行った。 万が一のことを考えて、襲われても何も取られないようにするためである。 レストランには別の若者が来ており、彼について行けとい

モロッコで21世紀を迎える話6(放浪記349)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) ここシャウエンにきた本当の目的は、旅の疲れを癒すことだけではなくて、ハシシ(大麻樹脂)を買うことが主目的だった。 シャウエンは通称モロキャン・ハッシュと呼ばれるモロッコ産の大麻樹脂の産地で、旅人やヒッピーたちの間ではよく知られている。 インドの

モロッコで21世紀を迎える話5(放浪記348)
ウエイターのおすすめのアンチョビ・タジンがやって来た。 タジン専用の土鍋を開けた瞬間に漂う、野菜と魚とオリーブオイルの合わさった匂いが何とも食欲をそそる。 言わずもがな、驚くほどの美味しさだ。 ここに来て確信したが、モロッコの食事はどこで食べてもかなり美味しい。 美味しいか、すご

モロッコで21世紀を迎える話4(放浪記347)
ローカルバスを乗り継いで、シャウエンの村までやって来た。 やはりここでも案の定、客引きのラッシュが始まる。 長距離バス乗り場というのは、なぜか世界共通でガラの悪い空気が漂うのだが、ここでも同じだった。 見た目のいかつい、ヤクザ風のマッチョマンが幅と睨みを利かせている。 バス乗り場

モロッコで21世紀を迎える話3(放浪記346)
タンジェはヨーロッパと接する港町で、風光明媚な観光地でもあるので、魅力的なレストランなどが多い分、自然と物価も高くなっている。 パートナーのIちゃんの旅の資金がギリギリだったので、僕たちは物価の高い街でゆっくりと観光をしている余裕はあまりなかった。 タンジェについた次の日には手っ

モロッコで21世紀を迎える話2(放浪記345)
フェリーは夕暮れ時にモロッコの最北端の街タンジェへと到着した。 タンジェの街は海沿いの港町だが、それと同時にかなりの標高のある丘の町でもある。 その斜面に立ち並ぶ街並みに西日が当たっていて、なんとも美しい金色に輝いている。 僕たちはアフリカ大陸について早々に見る美しい街並みに、ま

モロッコで21世紀を迎える話1(放浪記344)
夜行バスは、スペイン最南端の街アルヘシラスへと到着した。 まだヨーロッパだが、ロンドンと比べるとはるかに暖かい。 朝の早い時間だが、光の具合は強く、強い生命力を感じる。 スペイン国内の様子をみてからモロッコに行きたかったが、旅の資金があまりなかったので、ヨーロッパ内では大人しくし

ロンドンに住む話39(放浪記343)
いよいよ旅立ちの日がやって来た。 飛行機は一般的なヒースロー空港から出発するのではなく、マイナーなルートン空港からの出発になる。 出発時間は明け方の5時なので、前日から空港に泊まり込みで離陸に備える。 空港についてみると、受付カウンターは一番端っこの最も不便なところに存在していた

ロンドンに住む話38(放浪記342)
モロッコ行きへの準備は着々と進んでいた。 今回初めてヨーロッパ国内を移動することになるので、旅費の高さを恐れていたが、チケットを調べてみてその安さに驚いた。 僕が普段使うインターネットカフェのイージーインターネットが、イージージェットという格安航空会社を運営しており、イージージェ

ロンドンに住む話37(放浪記341)
冬が近づいた寒空の下を自転車でバイト先まで通っていた時のこと。 バイト先のオーナーの奥さんが、僕の貧しさと寒さを心配してくれて、革ジャンをくれることになった。 革ジャンなどは、全く僕のスタイルではないのだが、くれると言うものを断るほど無粋でもない。 奥さんが言うには、元々はオーナ

ロンドンに住む話36(放浪記340)
僕たちのモロッコ行きが決まってからは、生活がさらに輝きを増しはじめた。 いつまでもあると思うと、雑に扱ってしまうが、もう終わりだと思うと急に惜しくなる。 それまでの当たり前のロンドンの日常も、残りわずかな日々だと考えると貴重に思えてくる。 いつもの週末のフリーマーケットなども、い

ロンドンに住む話35(放浪記339)
知能指数が異常に高い友人のJくんの家に遊びに行った時に、素敵なイベントのフライヤー(宣伝チラシ)をもらった。 それは、今年2000年の年越し、引いては21世紀の夜明けを祝うモロッコでの年越しサイトランス・パーティーのフライヤーだった。 こんな感じ。 サハラ砂漠のオアシスに浮かぶ島

ロンドンに住む話34(放浪記338)
脳科学の最新情報 僕が買った本の内容は2000年の脳科学の最新情報を網羅しつつ、哲学的な話や精神医学や宗教的な意識の話にまで及ぶようなものだった。 21年前の最新情報なので、今では古い情報になっているだろうし、間違えている情報も数多いとは思うが、立花氏の知に対する姿勢や態度には大

ロンドンに住む話33(放浪記337)
これは2000年当時の話。 インターネットが今ほど発達していないので、情報に関しては今ほどの自由さは無かった。 情報源は誰かが書いた本や雑誌、あるいは口コミなどの直接的な情報が主なもの。 日本を離れて旅する者にとって、日本語の文字情報を手に入れる方法は、インターネットカフェに行き

ロンドンに住む話32(放浪記336)
ダブのイベントに出かけると必ずと言っていいほど見かける日本人男性がいた。 アフロヘアーの髪型につぶらな瞳の男性だ。 なんども見かけるので、自然と話すようになる。 彼はディジェリドゥ奏者で、自身でも音楽活動を繰り広げつつ、CDを出したりもしているという。 アーティスト名はゴマ・ダ・

ロンドンに住む話31(放浪記335)
何故かはわからないが、イギリス、特にロンドンには世界中からミュージシャンが集まってくる。 良いミュージシャンが多く集まる環境ゆえに、普通のミュージシャンが良いミュージシャンに成長したりする。 なぜイギリスの音楽は面白いのか、色々な人が議論しているが、特にこれといった理由があるわけ

ロンドンに住む話30(放浪記334)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) 僕たちは、インドを旅するものならみんなが大好きなチロムを用意してTくんを迎え入れた。 インド産の大麻樹脂である、チャラスもしっかりと用意している。 万全の体制で迎え入れ、おもてなしをした。 だが、どうやらそれは万全すぎたようであった。 大量の夕

ロンドンに住む話29(放浪記333)
僕はIちゃんと二人で8畳ほどの部屋をシェアしていた。 キッチンやバスルームは大家さん家族と共有である。 その8畳の部屋にDくんが居候していた。 一人当たり2.5畳ほどの生活スペースで、かなり密着した生活様式だった。 僕たちはインドを旅してゴアでヒッピー的な遊びをして暮らしていた仲

ロンドンに住む話28(放浪記332)
Dくんがグラントンベリー・フェスティバルを見逃したことで、Dくんと一緒に楽しむはずだったTくんは一人でフェスティバルを楽しむことになった。 Dくんが準備を担当したものは、ダッカに据え置きになったので、イギリスにすでに来ていたTくんは手に入れることができない。 色々と不都合があった

ロンドンに住む話27(放浪記331)
Dくんはこのパーティーは僕たちが目指していたものでは無いと確信していたが、それと同時に既に手遅れだと言うことも十分に理解していた。 彼は、皆が自分たちが目指していたパーティーだと思って楽しんでいると言う前提で、全てを流すことに決めて、楽しみ抜くことにした。 これはかなりの吹っ切れ

ロンドンに住む話26(放浪記330)
このパーティーでは皆がそれぞれ向き合っていた。 Iちゃんは、自分の夢である女優業を一旦横に置いてロンドンに来ていた。 日々をしっかりと楽しく過ごしてはいるが、夢を横に置いたことで、自分が世界から置いていかれているような気分になり、悶々とした鬱屈を抱えていた。 それが、この楽しくあ

ロンドンに住む話25(放浪記329)
皆それぞれが音楽を楽しんで踊ると共に、クラブという閉ざされた空間のなかで自身の内側と向き合っていた。 僕の内面世界の旅は、音楽家としての夢だった。 僕は日本にいた時は、ずっと真剣に音楽を作っていた。 いずれはテクノアーティストとして活躍したいと思っていたし、最初の旅が終わったら、