放浪記
20年以上の世界放浪を綴った自伝的連載。各地での出会いと別れ、日々の断片を残しています。
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インドを旅する話3(放浪記088)
カルカッタに来ても雨季はまだ続いていたが、イラムやダージリンのような高山特有の肌寒さがないのはありがたかった。 温暖な気候だと濡れてもすぐに乾くし、全く寒くないので雨季の辛さは半減していた 。 そう風に余裕に思っていた矢先、カルカッタへ強烈な集中豪雨が襲ってきた。 雨は休むことな

インドを旅する話2(放浪記087)
カルカッタの街はとんでもなく大きくて、びっくりするほどの都会だった。 カルカッタに行くまでの僕の感覚では、"都会"というと文明が発達していて、先進の科学と便利な公共機関があると言うイメージだったが、インドで言う都会とはものすごい人口密度の場所だった。 僕の滞在していた場所が特にそ

インドを旅する話1(放浪記086)
ネパールやインドの雨季は、なかなか激しい。 ダージリンでも一緒だった。 むしろ湖沿いのポカラよりも、山間部で標高の高いダージリンの方が雨は酷いかもしれない。 調べたところ、世界で最も雨が多い地域の一つだそうだ。 旅慣れた今の感覚からすると、雨季のない乾燥したチベットにビザを延長し

ネパールを旅する話9(放浪記085)
僕たちは、ネパール東部のイラムと言う『お茶の街』へ行くことにした。 イラムは国境を挟んでダージリンの反対側にあり、紅茶が美味しいらしい。 元々の予定では、ポカラからすぐに南へ下って、最終目的地のゴアへ行くつもりだったが、まだ一人でインドへ向かうほどの心の準備は出来ていなかった。

ネパールを旅する話8(放浪記084)
あまり良く知らないのだが、"あいのり"と言うテレビ番組があり、グループで旅を続けながらの恋愛模様を描いているらしい。 僕たちの旅も、それに近い恋愛ドラマがあった。 一人の若い女性と3人の若い男性が寝食を共にし、国境を跨いで旅しているのだから当然、起こりうる話だ。 Iさんは、九州出
ネパールを旅する話7(放浪記083)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) ブッとんだ状態でバイクの後ろに乗せられて、ネパールの山道を降るのは気持ちのいいものだったが、僕の心理状態はそれどころではない。 怒りと遣る瀬無さと、自分の不甲斐なさに落ち込みながら、滞在しているゲストハウスまでの帰路に着いた。 無事に送り届けら
ネパールを旅する話6(放浪記082)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) 僕は雨季のポカラで大麻を吸って、日本食を食べながら、漫画を読んで過ごすと言う日々を繰り返していた。 そんなある日、例のチンピラのシヴァが話しかけてきた。 今回は大麻ではなく、マジック・マッシュルームがあると言う。 "へへへ、ダンナ、良いのが入り

ネパールを旅する話5(放浪記081)
宿の近所に住む、ネパール人のチンピラと知り合った。 シヴァと名乗るその男は、片言の日本語を話し、妙に親しげにしてきた。 僕の友人たちは訝しがっていたのだが、彼は僕の注意をひく事に成功した。 (以下内容転載禁止、法的対処有。) "タイマスウ?" これは日本語の"大麻吸う?"を意味し

ネパールを旅する話4(放浪記080)
数日後、友人たちはカトマンズの後はポカラへ行くというので、一緒について行く事にした。 ネパールは過ごしやすく、不安などは無かったが、一人で旅するのは退屈だった。 ポカラはヒマラヤ山脈の合間にあるペワ湖という湖が有名で、外国人旅行者が湖沿いでゆっくりと滞在するためにやってくるリゾー

ネパールを旅する話3(放浪記079)
雨季に一人で部屋に閉じこもって退屈していた僕は、ラジカセを買うという暴挙に出た。 なぜ暴挙というかと言うと、そのラジカセは大きくて重たく、バックパックのかなりの場所と重量を占めるようになったからだ。 25センチ四方の四角くて重たい箱を想像して欲しい。 この箱ほど旅に向かないものは

ネパールを旅する話2(放浪記078)
チベットの国境の村の温泉で旅の疲れを癒した僕は、首都カトマンズへ向かうことにした。 山国なので、他の街へ向かうにしても取り敢えずカトマンズへ向かわなければ話にならない。 幸いにも大した距離ではなく、数時間のバス移動でカトマンズまでたどり着くことができた。 カトマンズの公害が酷いと

ネパールを旅する話1(放浪記077)
チベットから一緒にやってきたアメリカ人の旅人と、ネパール側の最初の村タトパニに一泊することにした。 安宿を見つけ、別々に部屋をとる。 宿の人の話によると、タトパニとはネパール語で”熱い水”の意味があるらしく、その名の通りこの村には温泉があった。 チベットからの弾丸旅行の疲れが溜ま

チベット自治区を旅する話6(放浪記076)
チベットを抜けてネパールへ向かう時期が近づいていた。 チベットは法律上は中国内の自治区で、中国のビザが適用される。 僕は、10日ほどを中国で過ごしておりチベットでも10日ほど過ごしていた。 中国のビザは1ヶ月なので 残りは後10日ほどしかない。 チベットからネパールへの道は中国か

チベット自治区を旅する話5(放浪記075)
運の良いことに、僕の滞在している期間中に12年に一度のチベット仏教の大祭に出くわす事が出来た。 (当時は12年に一度だと聞いていたが、調べたところ毎年やっているらしい。ここでは僕の当時の感覚で書いていきます。) ラサからバスを乗り継いで数時間のところにあるガンデン寺と言うポタラ宮

チベット自治区を旅する話4(放浪記074)
僕たちの泊まっていたゲストハウスには結構な人数の旅人がいた。 全部で50人くらいは居ただろうか。 その内の3割ほどは日本人で、ゲストハウス内での多数派だった。 色々な日本人の旅人がいて色々な個性があり、刺激的な会話を楽しんだ。 皆がそれぞれ仲良くなり、一緒に観光したり食事に行った

チベット自治区を旅する話3(放浪記073)
チベットの首都ラサにはポタラ宮と言う大きな宮殿がある。 それは、政治と宗教の中心でありながら、チベットの長である歴代の長の住居であり、数多くの修行僧が暮らす僧院でもある。 それと同時に最大の観光地でもあり、最も外国人の目に晒される場所でもある。 大きな建物があまり無いラサにおいて

チベット自治区を旅する話2(放浪記072)
世界で7番目に高いタングラ峠を超えた向こう側はすでにチベット自治区。 チベットの首都ラサまではまだ道半ば、さらにもう一晩寝台バスに揺られた。 次の日、目が醒めると既にチベット文化圏に入っていた。 まだまだ荒野は続いて行くが、チベットっぽいデザインの建物がチラホラと見え始める。 首

チベット自治区を旅する話1(放浪記071)
僕たちは準備を整えてチベットへ向かうバスに乗り込んだ。 三日ほどゴルムドに滞在したので体は高い標高に慣れているはず。 一応、念のために高山病の漢方薬を用意した。 今回のバスは軟座でも硬臥でもなく、軟臥だ。 要するに柔らかいベッドのついた寝台車。 狭いながらも足を伸ばして寝ることが

共産主義国家中国を旅する話7(放浪記070)
僕たちは高い標高に体を慣らすために、ゴルムドに滞在している間、お寺へ観光に行った。 大して有名なお寺でも無いみたいだが、僕たちみたいにゴルムドで体を慣らしている間に立ち寄る外国人観光客が多いらしい。 観光地ということで、地元の中国人も多少スレており、一筋縄では行かない。 当たり前

共産主義国家中国を旅する話6(放浪記069)
列車は西安から数時間走り、西寧の街に着いた。 列車を降りたところで、もう一人の日本人の旅人が現れた。 別の車両にいたようだが、僕たちの姿を見つけて、同類だと思い近づいて来たのだ。

共産主義国家中国を旅する話5(放浪記068)
列車の出発の時刻が近づいて来たので、駅へと向かう。 列車は一晩中走って、明日の昼過ぎに西安に到着するらしい。 該当の列車を見つけて乗り込む。 チケットを見ながら自分の席を探す。

共産主義国家中国を旅する話4(放浪記067)
上海の安宿をチェックアウトして街を目指して歩く。 電車のチケットを取って内陸部へ向かう予定だ。

共産主義国家中国を旅する話3(放浪記066)
三日間の船酔いと、何も食べていない空腹で弱り切っていたが心は高揚していた。 意気揚々と上海の街へと繰り出す。 船酔いが収まり、とりあえず何かを食べたいので、レストランを探して歩いた。 食べ物っぽい文字を書いた看板がビルの2階に掲げてある。

共産主義国家中国を旅する話2(放浪記065)
予想以上の揺れに対して、予想通りに船酔いしてきた。 以前、ペルーの山道の話でも書いたが、僕は非常に乗り物酔いしやすいタチで、何度も辛い目にあっている。