チベット自治区を旅する話6(放浪記076)

放浪記 #76 約4分 2,126字
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ネパールヘ

チベットを抜けてネパールへ向かう時期が近づいていた。

チベットは法律上は中国内の自治区で、中国のビザが適用される。

僕は、10日ほどを中国で過ごしておりチベットでも10日ほど過ごしていた。

中国のビザは1ヶ月なので 残りは後10日ほどしかない。

チベットからネパールへの道は中国からチベットへの道よりも交通量が圧倒的に少ないので 道路は舗装されておらず、大雨が来るたびに道は破壊されていた。

残りの10日の間にバスが出発できるかどうかは怪しいという。

噂では先日の大雨で道が崩れておりあと2週間ほどはバスで移動することはできないという。

ビザの期限の迫っている外国人旅行者等はランドクルーザーでの旅路を余儀なくされていた。

ランドクルーザーとはトヨタが開発している大型の四輪駆動車でチベットの険しい山道の標準的な移動方法となっていた。

僕は金銭的な都合や寝台車の陰からバスで移動することを望んでいたがそれは叶いそうになかった。

僕はビザの期限のギリギリまでラサに滞在してからランドクルーザーでネパールへ向かうことにした。

ネパールへの旅路を共にするのはアメリカ人の旅行者、そしてチベット人の夫婦とビジネスマンだった。

日本人は僕一人だけなので一抹の不安があったが、すでに一か月近く中国を旅していたのでそこまで恐ろしくはなかった。

出発

僕たちは夜明け前にゲストハウスに集合してネパールへの旅路に着いた。

運転手は二人いて、交代しながら昼夜関わらず走り続けるようだ。

ネパールへの道程は、最初の内は舗装された道が続いていたが、しばらく経って山奥の道へ入っていくと、噂通り道路は大雨にやられていた。

崩れているのは一箇所だけではなく、何箇所かあった。

道路が陥没しているところもあれば、土砂崩れで道が塞がっているところもあった。

流石に大型バスで通れるような道では無い。

僕たちの乗っているランドクルーザーはかなり強力な4輪駆動を持っていて、崩れた道路を避けて、道路脇の山の斜面を走り抜く。

先日の大雨の影響で出来た即席の川が道路の上を横切る場面もあったが、1メートルほど車体が水の中に沈んでも、ものともしない。

バスだったら水に沈んだ時点で故障するんじゃないだろうか。

チベット人たちの間では、トヨタのランドクルーザーでないとチベットの道は進めないと言うほど、ランドクルーザーは高い評価を受けていた。

実際に他の種類の車は走っていず、ランドクルーザーの一択だった。

中国からチベットへ入るのに5000メートルを超える峠を越えて来たが、ネパール側へ向かうのにも、もう一度別の5000メートルを超える峠を越えていかなければならない。

だが今度は流石に2週間近く高い標高で過ごした後だったので、高山病になることも無く楽に峠を越えることができた。

国境

僕たちは車中で二晩を過ごし、3日目の朝にネパールの国境に着いた。

運転手に別れを告げアメリカ人と僕の2人の旅行者で先に進む。

国境に設置された移民局へ行き、出国の手続きをすませる。

手続きは簡単で無事に中国の外側へ出ることができた。

ここからは歩いて橋を渡りネパール側へ向かう。

橋を渡った先にもネパール側の移民局がありここで入国の手続きをする。

ネパールのビザの仕組みは簡単で、移民局で現金を支払うことで、その場で1ヶ月のビザがもらえた。

道路が大雨で崩れたと聞いたときは一体どうなるかと思ったが、無事にネパールまで辿り着くことができた。

僕たちは国境から歩いて30分くらいの所にあるタトパニという村へ向かった。

中国やチベットの荒野とは違い、ネパール側は緑であふれている。

この道は谷間深くにあり、道の両脇は山の斜面がそそり立っている。

その斜面から湧き水が滴り落ち、苔むす独特の景色を織りなしている。

遠くには山の上方から流れ落ちる滝が谷底の川へと合流するのが見える。

今までの荒々しい環境とはまるで違い、水、緑、蒸気、温かい気温、無風で優しい雰囲気が辺りに漂っていた。

歩き出してしばらくすると、一緒にいたアメリカ人が後ろを振り向いて 大声を上げた。

"ファック・ユー・チャイナ!!!"

堂々と中指を立て、あからさまな怒りを表現している。

漢字を理解する僕でさえかなり苦労したのだから、見た目が白人で見るからに旅人の彼の苦労は凄いものがあったんだと思う。

僕は、片言の英語すら話せなかったので、なぜ彼が怒っているか詳細を聞くことは出来なかったが、色々なトンデモ旅物語があったはずだ。

大声で叫び、怒りを出し切った彼は、無邪気な笑顔で笑いながらなにか言っていた。

僕には何を言っているのか分からなかったが、中国から抜け出た喜びとネパールに辿り着いた喜びは同じだった。

僕は、自然と笑顔になり、訳がわからずも僕たちは大声で笑い合った。

つづく。。。

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