放浪記
20年以上の世界放浪を綴った自伝的連載。各地での出会いと別れ、日々の断片を残しています。
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ヒマラヤの秋の話3(放浪記208)
前の記事 | 次の記事 ゲストハウスの隣にあるチベタンレストランは、みんなの社交場兼大麻喫煙所になっていたが、ゲストハウスの地上階にあるチベタンレストランも同じような感じになっていた。 それぞれのオーナー同士はチベットからインドへ難民としてやってきて以来の親友で、若いときには外国

ヒマラヤの秋の話2(放浪記207)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) マナリでは毎日、大麻樹脂を吸っていた。 大体はジョイントを巻いて吸っていたが、チロムを持っている人がいる時はチロムで吸う。 僕とK君の部屋がゲストハウスの部屋では一番大きく、自然と友人たちの溜まり場になっていた。 一日中、音楽をかけて、一日中、

ヒマラヤの秋の話1(放浪記206)
バスを乗り継いで戻ってきたマナリの街は雨に濡れていた。 快晴のレーから一週間も経たずに雨季のマナリへ戻ってきた事を少し後悔したが、それでも気分は晴れていた。 なんとなく、自分が今いるべき場所へ戻ってきたような気がしたのだ。 リクシャーに乗り、バシシトの村へ戻り、以前滞在していたゲ

チベット文化の高地ラダックの話7(放浪記205)
レーからマナリへの帰途はローカルバスに乗って旅をした。 マナリからの往路は旅行者向けの長距離バスだったので、多少の快適さがあったが、ローカルバスはインドの現実を象徴していた。 座席の幅は狭く、全体的に汚かったが、値段は圧倒的に安く、予約もいらず、途中で宿泊することもなかった。 バ

チベット文化の高地ラダックの話6(放浪記204)
レーの街は美しく、静かで平和で落ち着いていた。 それはチベット仏教の価値観が市民に根付いているからかも知れないし、高い標高故の酸素不足で人々の活動能力が落ちていたからかも知れない。 あるいはもっと色々な理由が合わさっているかも知れないが、とにかくゆったりとしていた。 それは、年配

チベット文化の高地ラダックの話5(放浪記203)
バスがレーの街へと近づくにつれて、ちらほらと農家や畑が見えてくる。 人工物が一切ない大自然の中から来ると、文明が目に入るのが新鮮に感じる。 そして、その文明はそれまでに見たインド文化とは全く違っていた。 ラダックはチベット文化圏で、チベットで見たようなお寺が遠くの丘の上に立ってい

チベット文化の高地ラダックの話4(放浪記202)
道路状況の悪化により滞っていた車の流れがゆっくりと動き始める。 渋滞の原因は落石によって塞がれた道路を迂回して進まなければならなかったのが原因だった。 道路が山の斜面ではなくて、川沿いだったのが幸いして、川側に逃れて進むことができた。 落石現場を超えてしまうと、道路はスムーズに流

チベット文化の高地ラダックの話3(放浪記201)
バスの行程の1日目は夜まで走り、最後の食事休憩をしたところで宿泊することになった。 レストラン兼宿泊所は高原の砂漠道のど真ん中にあり、周囲には村はおろか人工物すら見当たらない。 まさしく大自然のど真ん中。 マナリでは星空の美しさに驚いたが、ここはさらにもう一段上の星の数だ。 周囲

チベット文化の高地ラダックの話2(放浪記200)
ラダックへ向かうバスは、順調に出発し、その大きな巨体を揺らしながら狭い山道を通り抜ける。 最初の難関は、マナリの街から2時間ほど北に向かったところにある峠だ。 結構な急斜面の峠で、標高も高い。 大型バスや巨大なトラックは素早く登ることが出来ないので、ゆっくりとゆっくりとS字カーブ

チベット文化の高地ラダックの話1(放浪記199)
インドは夏の間はずっと雨季だ。 地方によって多少のズレがあるが、夏季に雨から逃れることは難しい。 ただし、インド最北部のレー・ラダック地方を除いての話だ。 ラダックはヒマラヤ山脈の北側にあり、アジア全体の雨季の影響を受けない。 ラダックに雨が降ることは殆どないが、標高が3500メ

ヒマラヤ山脈の温泉村の話21(放浪記198)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) 急ぎ足で真っ直ぐに、滝の音のする方向へと向かう。 滝の爆音の隙間から友人たちの歓喜の声が聞こえてくるが、まだ滝を目にすることはできない。 曲がり角の向こうにあるようだ。 やっとの事で滝が見えた瞬間、僕は無意識のうちに歓喜の叫び声を上げていた。

ヒマラヤ山脈の温泉村の話20(放浪記197)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) ある晴れた日、僕たちはLSDを取ってハイキングに行くことにした。 山道を歩いて2時間ほどのところに巨大な滝があり、常に虹がかかっているという。 LSDを取ると感覚が鋭くなり感情が深まるので、友人たちと美しい自然の中にハイキングするにはうってつけ

ヒマラヤ山脈の温泉村の話19(放浪記196)
ここバシシトは知る人ぞ知る旅人の秘境なので、定期的に面白い旅人がやって来る。 当時の僕は全く英語が話せなかったので、日本人の旅人にしか出会わなかったが、それでも個性的な旅人が多く、たくさんの刺激を受けた。 Kさんは、それまでに僕が出会った旅人の中では最長の旅記録を持っており、こん

ヒマラヤ山脈の温泉村の話18(放浪記195)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) 皆でオートリクシャーをシェアしてバシシトへ帰る。 仲のいい友達同士がテンション上がって行動しているので、いちいち全部が楽しい。 延々と続く修学旅行のような感じだ。 村へ着いてからもお楽しみは終わらず、部屋に荷物を置き、即座に温泉へと向かう。 汗

ヒマラヤ山脈の温泉村の話17(放浪記194)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) パーティーは調子よく続いていたが、突如中断する羽目になる。 山奥の一軒家で開催されていたのだが、誰かが知らずに家庭菜園に踏み込んでしまい、破壊してしまったのを家主が怒って中止になった。 オーガナイザーは人が入らないようにロープで柵をしていたが、

ヒマラヤ山脈の温泉村の話16(放浪記193)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) ワールドクラスの日本人はCくんだけでは無かった。 以前の記事で紹介した、最高にポジティブなGくんも数日前にバシシトへやって来ていて、このパーティーに参加している。 彼は相変わらずのアフリカ風の格好をしていて、野生的な大地のリズムでパーティー中に

ヒマラヤ山脈の温泉村の話15(放浪記192)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) このパーティーには面白い人たちがあふれていた。 ゴアのパーティーも面白い人達だらけだが、全体の人数が多いのでどうしても薄れてしまう。 だが、マナリのパーティーは参加者が五十人ほどなので、それぞれの個性がはっきりと浮き彫りになる。 このパーティー

ヒマラヤ山脈の温泉村の話14(放浪記191)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) あたりはもう暗くなっていて、空は一面の星で埋まっている。 空気の綺麗さと標高の高さにより、大阪の空とは比較にならないレベルの星の数だ。 散々待たされた後に、音がなり始める。 会場中が待ってましたとばかりに奇声を上げて喜んでいる。 僕たちはこのタ

ヒマラヤ山脈の温泉村の話13(放浪記190)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) 僕たちは山道を2時間ほど登り続けて、やっとの事でパーティー会場にたどり着いた。 山奥の農家でパーティーが開催されるようだ。 周囲に家も人も無く、騒音が問題になることはない。 遠くに見える山並みが美しい、いいパーティーになりそうだ。 巨大なスピー

ヒマラヤ山脈の温泉村の話12(放浪記189)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) バシシトの暮らしにも馴染み、友人たちが集まってきた頃に、谷の反対側にあるオールド・マナリの村の山奥でゴアトランスのパーティーがあるという情報が流れてきた。 僕の友人たちのほぼ全員がパーティー好きで、パーティーを追う流れでバシシトに来ている。 マ

ヒマラヤ山脈の温泉村の話11(放浪記188)
ゴアからの友人で、バシシトへやってきた友人の一人がCくんだ。 ゴアで一緒に遊んでいた友人たちは、皆が皆、漫画のキャラクターのように強烈に個性の強い人たちだが、Cくんはその中でも群を抜いて個性を光らせていた。 彼は常に自身の内面世界や精神世界、未知の世界へと目が向いており、その世界

ヒマラヤ山脈の温泉村の話10(放浪記187)
僕がバシシトに到着してからは、幾人かのゴアの友人たちが集まってくる。 僕たちは別に、またマナリで会おうね、などと約束していた訳ではない。 ただ、ゴアでの日々が楽し過ぎて、仲の良い友人たちがマナリで楽しんでいるのに、自分だけがそこに居ないのが我慢できないのだ。 それほどまでにゴアは

ヒマラヤ山脈の温泉村の話9(放浪記186)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) 旅人たちは温泉を求めてバシシトへやって来るが、求めているのはそれだけでは無い。 マナリ周辺のヒマラヤ山地には美味しい大麻樹脂がある事が有名で、大麻目的の旅人も多くやって来る。 大麻だけが目的の人の多くはマナリの街を上流に上ったオールド・マナリへ

ヒマラヤ山脈の温泉村の話8(放浪記185)
ヒマラヤの温泉村バシシトの日々は、最高に調子が良かった。 同じ宿にはゴアで一緒に遊んでいた友人が三人いて、宿にいた他の日本人旅行者も、以前からの友人や、その友人の弟や、その弟の親友など近い関係の人が多く、お互いに信頼と友情を育くみやすい状況になっていた。 宿から歩いて1分のところ